第18章 Fate Of THANATOS

◆プロローグシーン 〜Fate Of THANATOS〜
目の前が真っ赤に染まる。
すぐ傍にいた彼女の胸から温かな血が噴き出す。

「――ソラッ!!」

漆黒の夜が支配する森の奥。
人が住む街からそれほど離れていない場所
そこから悲鳴とも絶叫とも取れる叫びが響いていた。
ソラと呼ばれた女性をその腕に抱きしめ真紅の髪の男は
目の前にいる何十という人間を殺意に満ちた瞳で睨んでいた。

「…やれやれ、誤って致命傷を負わせてしまいましたか。
【魔王の呪い(サクセサー・オブ・サタン)】の力を持つ者の子を宿した貴重なサンプルでしたから
出来れば生かして捕らえたかったのですが、まぁ仕方ないでしょう」

白衣に身を包んだ眼鏡をかけた男が何の感情もなく淡々と呟く。
それに相反するように真紅の髪の男は自らに渦巻く感情を乗せるように問う。

「…なぜだ」

「はぁ?」

「なぜ、ソラを殺した」

その問いに対し白衣に身を包んだ男は呆れるようにため息をつき、やがてハッキリと答えた。

「おぞましいからだよ」

それは男の背後にいた何十と言う人間達全ての言葉であり、彼ら共通の感情であった。

「貴様のような【魔王の呪い(サクセサー・オブ・サタン)】の力持つ者は
この世に存在していいわけが無い。
貴様らのような存在はこの世に災いしか招かず、脅威以外の何者でもない。
仮にその力を持つ者が許されるとしたならば、それは我々のようにその力を有効に使いこなせる
選ばれた者のみだ」

白衣に身を包む男は恍惚に、自身の発言・行動に一切の負い目を持たず
否、むしろ正しき行いの模範であるかの如く演説を続ける。

「そう、その娘も、貴様のような化け物の子を身篭っていた。
ここで殺しておいた方が世界の為により良い事であろう。
私たちの行為は非難よりも遥かに賞賛に値する行為に他ならないのだよ」

白衣の男のその言葉に同調するように後ろにいた人間達は口々に賛同の言葉を放つ。

「そうだッ!その通りだ!我らの行いこそが正義!」
「貴様らのような化け物は全て殺す事が世界のためよッ!」
「お前も、その女も身ごもっている化け物の子供も全てここで殺しす事が正しき行いなり!」

そんな人間達が掲げる勝手な理屈、正義を聞きながら
真紅の髪を持つ男はただ静かに返す。

「…そうか」

その一言を告げ、ソラと呼ばれた女性をそっと傍に置き、男はゆっくりとその場に立ち上がる。

「…オレは死ななければいけない人間だと思っていた。オレの存在はこの世界に災いしか呼ばない。
だから、オレはオレ自身の死を望んでいた」

誰に言うでもなく、そう呟く真紅の髪の男。
だが彼と対峙する人間達はそれまで感じた事の無い本能的な危機感。
恐怖を感じていた。

「だが、どうやらそれは間違いだったようだ」

その一言を言い終えると同時に真紅の男の胸に刻まれていた真紅の刻印が禍々しい光を放つ!
そして――。

“――ドシュッ!!”

その鈍い音と共に真紅の髪の男に刻まれた刻印から放たれた刃は
目前にいた白衣の男の片腕を中空に舞い上がらせ、瞬時に四散させていた。

「……あ?」

自らに起こった事態に即座に気づけず、そんな一言を漏らす男。
だが、次の瞬間にはその切り取られた腕からは大量の血が噴き出すと同時に
周りにいた人間達と腕を失った主自身の悲鳴と叫び声が上げる。

「あ、あ、あがあああああああああぁぁぁッ!!
う、腕があああああぁぁ!!わ、私の腕があああああぁぁぁッ!!!」

血を噴き出し倒れる白衣の男の目の前では
胸に刻まれていた真紅の刻印が
真紅の髪の男の身体を包みこむように浮かび上がっていた。

「死ぬべきは、消えるべきは――貴様ら不完全な人間共の方だ!!」

真紅の男は自らの内から溢れ出る混沌の感情、それら全てを一切押さえることなく、あらわとした。
目の前で涙を流し懇願する人間に真紅の髪の男は腰にかけていた真紅の剣を抜き
止めをさそうとするが―――

「…だ…め……」

かすかな、だが強い意志を秘めたその声が真紅の髪の男の耳に聞こえた。

「――ソラっ!生きているのかっ!」

真紅の髪の男は傍に倒れている少女を抱え上げ、かすかに生気が存在している顔を見る。

「…もう、殺さないで……貴方も、本当は…もう、誰も…殺したく、ない…はずだから……」

ソラと呼ばれる女性のその言葉に真紅の髪の男は深い沈黙を宿し。やがて―――

「…消えろ」

「……へ?」

「オレの目の届かないところへ…全員さっさと消えろと言っているんだッ!!」

怒号。
それは魂にすら震えを起こさせる程の叫び。

「ひ、ひぃっ!!」

その一言を受け、この場に居た全ての人間は
男の声に従うように、彼の存在に恐怖するようにこの場より去っていく。

「ソラ……頼む、死なないでくれっ…!死なないで…くれっ!」

残った真紅の髪の男は祈るように少女の手を握り締め、必死にそう何度も呟く。
そんな彼の姿を見て、不意に少女は笑みを浮かべた。
その笑みに疑問を抱いた真紅の髪の男は素直に、その疑問を口にする。

「…どうして、笑っているんだ?」

「…だって…」

一呼吸を置き、少女は呟く。

「あなたが私の名前を…何度も呼んでくれたから…。あなたが私にくれた…大切な名前を…」

死の傍にあって尚、少女は屈託ない純粋な笑顔を浮べた。

「私…あなたに生きる意味を与えるって言ったのに…。
結局、私のほうが…あなたから…色んなものをもらっちゃいました…ね」

「…なにを…言っているんだ。
オレはお前に何も与えてなんか…いない…っ」

「ううん、与えてくれましたよ…。大切なものを…いくつも……」

自分の腕の中で大切な少女の命が消えていくのを感じ
それをどうにもできない事に涙を流し、男は精一杯、彼女の身体を抱きしめた。
まるでその命をこぼさないように、最後の瞬間まで包みこむように。

「…最後に…お願いがあるん…です……」

「……なんだ?」

それは恐らく少女の、生涯最後の願いであったろう。
男はそれを聞く為、そしてこれから先、何を賭して叶える為、少女のその願いを聞き届ける。

「私たちの…………を…お願い…しま……―――」

少女―――ソラはその一言を最後に男の腕の中で静かに息を引き取った。

「………う…ううっ…!」

もはや徐々にその身体からは温もりが消え始めていた少女の身体を抱きしめながら
嗚咽と止め処ない涙を流しながら、男は静かに少女に謝る。

「…すまない、ソラ…。許してくれ…許してくれ……」

そう懺悔を述べ、男は傍らに置いていた剣を手に取り
少女――ソラの腹を切り裂いた。

そこには二つの生命があった。
だが、その生命を見た瞬間、男はかつてない程の絶望の表情を浮かべた。

「………は、ははっ…」

双子であった。

片割れの子は彼女のお腹の中ですでに生き絶えた後であり、
そうして、もう一人の子には――――。

「―――っは、ははははははははっ!!」

渇いた哄笑を上げ、男は闇に包まれた夜空を見上げた。

「これが運命か!lこれがオレに与えられた運命かっ!」

一頻り哄笑を上げ終えた男は静かに、やがて意を決したように眼下に存在する命を
その赤子をソラの身体の中より取り出した。

「ならば…受け入れてやろう、その運命」


「―――ソラ。君との約束を果たすために―――」


―――物語が終わりを迎える時、痛みに隠された優しい真実が貴方を包む。


 
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